はんぎり
カヤック
Vol.2
私たちが生まれたこの地球が、水の惑星であることを 体感できる島―佐渡。陸地とは全く異なる海の世界を のぞくことができる。
島は地殻変動や火山活動によって生まれた。隆起や 浸食による多種多様な岩石が唯一無二の海岸線を織り成している。海面に舟を浮かべ、海底をのぞき込めば、 岩礁に根を張る海藻が森をつくり、サザエや魚たちが自由を謳歌(おうか)する世界を知ることができる。
島には、はんぎり(たらい舟)やカヤックを体験できる 海岸がいくつかある。海面を走る風が潮の香りと波の音を連れてくれば、きっと体中の細胞が躍り出すだろう。まるで私たちの遺伝子が海で生まれたことを思い出したように。さあ、水の惑星を楽しもう。
透明度抜群の海の上は
まるで空に浮かぶ感覚
集落が国の重要伝統的建造物群保存地区として有名な小木地区・宿根木。はんぎりの船頭、小川温子さん(32)は言う。「海があまりに透明だから、はんぎりをこいでいるとき、空に浮かんでいるような感覚になる」。海の深さはコース内で数十㌢から二十数㍍まである。
島には東京から昨年2月に移住してきたばかり。イラストレーターだが、はんぎりは以前からこぎ方を覚えたいと思い、すぐに「修業」を 始めた。昨年5月の大型連休には 船頭デビュー。修学旅行の小学生が海底をのぞき、「海に草原があった」という感想を残してくれた。そんなすてきな言葉が生まれる海の魅力を、いつも体感している。
佐渡観光交流機構によると、 たらい舟の運営会社・団体は島内に三つ。7年前から宿根木の乗り 場を運営する金子啓次さん(69)は 小木の生まれで「昔からみんながそう呼ぶから」と、はんぎりと呼ぶ。 大きなおけを半分に切ったような形のためだ。杉の舟板を竹のたがで締めてある。
周辺の海岸は1802年の小木地震によって隆起し、浅瀬が続くようになった。「それで舟が使えなくなり、はんぎりで岩のりやワカメ、サザエ、アワビを採ってきた」。
はんぎりは直径150㌢ほど。大人なら3人、子どもなら4人くらいまで乗れる。船頭は客に海岸の特徴や集落の歴史を解説する。「はんぎりは交流観光の場。狭い中で自然と人、人と人を結び付ける」。そう話す金子さんは、小川さんら船頭たちにこう呼び掛ける。「お客さんに感動を与えることが私たちの役目」―。
船頭
金子 啓次 さん
船頭/イラストレーター
小川 温子さん
満天の星と魚の流星群
まるでそこは宇宙空間
マリンスポーツの中でも誰もが気軽に楽しめるカヤックに魅せられる人は少なくない。目線は海面に近く、自分のペースでパドルをこいで滑るように舟を進ませれば、さまざまな発見がある。陸からは近づけない断崖や洞窟を間近に見られたり、大海原でゆったりとした時間を過ごせたり。島内各地でカヤック ツアーが企画されている。
相川地区・達者の海水浴場では 昨年12月に関東からUターンした岡部健太郎さん(27)が乗り方を教えてくれる。Uターン前からツアーを手掛け、「カヤックは地域の活性化につながる」と確信。早朝から夜まで時間帯ごとにツアーを運営し、太陽の位置によって変わる海岸の景色をそれぞれ楽しんでもらう。
集落の名前は安寿と厨子王の物語「山椒大夫」にゆかりがあるとされる。生き別れになっていた厨子王と母が再会し、互いの「達者」を確認した場所として伝わる。
しかし、住民の数は年々減っている。「この集落がずっと残るような活動をしたい」。そう話す岡部さんは「関東で働いているとき、佐渡を盛り上げる活動をしている人たちがカッコよく見えて、いつか戻りたいと思っていた」と打ち明けた。
何よりも達者の海が自慢だ。透明度が高く、空の色をそのまま映した海面は水平線で空と一体になる。 カヤック体験者が海藻の上を通ったとき、「雲の上にいるみたい」と 喜んだ言葉がうれしかった。夜の ツアーでは頭上に満天の星、海中にはライトの光に寄ってきた魚の 群れが流星群のようにきらめき、「宇宙の中に漂っているような感覚になる」。カヤックの魅力を語り 出せば、口ぶりはどんどん達者になっていく。